こころ花のビタミン絵・美・詞

自然の美しさも、造形作品の美しさも、人間の心を安らかに慰め、洗い清め、励まし力づけてくれる親しさがあります。だからこそ人間は美にあこがれ美を愛するのでしょうか。

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理想に生きる

人間は理想によって
生きなければならぬ
生活はその理想に向って
集約されねばならぬ


                    吉川 幸二郎 (中国文学者)




2010-6 007
短冊「蕪村の句」 梶原 嫦人
   揚州の 津も見えそめて 雲の峯




2010-6 002
「染付山水香炉」 曽根 幸風  H.9.0  W.6.5   ( 江都の風情)



2010-6 006
「大きな草原」  G. ボッソラ  32.0×42.   (麦秋の光景)



「もろこし」と「ひのもと」

与謝蕪村は画境においても、詩境においても、中国に範を求め続けていた。
つまり彼は中国の先進文化に一目も二目も置いていたのである。
しかし蕪村は日本に居ながらにして中国に対する劣等感を日本的なものの
強調によってはねのけようとした。
それは西洋文化に向かい合った明治の知識人のコンプレックスと共通する
心理といってよい。
そしてこうした意識は彼の絵画や俳諧の中に、はっきりと見てとることが
できる。
蕪村がいかに中国に拘泥していたかは彼のつぎの句がそれをよく示している。
夏になって入道雲がむくむくと立てば、その下に見えてくるのも中国の港町
なのであった。

  揚州の 津も見えそめて 雲の峯

蕪村は中国文明にこだわればこだわるほど、日本を意識せざるをえなかった。
その心情は上の句ににじみ出ていると思われる。

蕪村の敬愛する俳聖、松尾芭蕉が奥の細道の紀行に出羽三山(羽黒山、月山、
湯殿山)をめぐってその月山で詠んだ句。

  雲の峯 いくつ崩れて 月の山

出羽三山の巡礼を終わった芭蕉は酒田に向うのである。
彼の揚州の情景と重なる処が多く、蕪村の中国(もろこし)に対する日本(ひのもと)
の意識が、色濃くにじんでいる。





2010-6 004




蕪村は

  桜なき もろこしかけて けふの月

という句において「桜」と「月」を対比させ「もろこし」と「ひのもと」の差異、
共通を詠んでおります。
揚州(中国・江蘇省)と言えば江都をイメージしてしまいます。
そこで柳流水絵茶碗と「中国」と「日本」共有の梅にちなんだお菓子を取り
合わせてみました。

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