こころ花のビタミン絵・美・詞

自然の美しさも、造形作品の美しさも、人間の心を安らかに慰め、洗い清め、励まし力づけてくれる親しさがあります。だからこそ人間は美にあこがれ美を愛するのでしょうか。

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美を求める心

美の問題は、美とは何かという様な面倒な議論の
問題ではなく、私たちめいめいの、小さなはっきり
した美しさの経験が根本だと考えているからです。
美しいと思うことは、物の美しい姿を感じる事です。
美を求める心とは、物の美しい姿を求める心です。
絵だけが姿を見せるのではない。
音楽は音の姿を耳に伝えます。
文学の姿は心が感じます。
   
                            「芸術随想」 小林秀雄




2010-4a 007
「方百里 雨雲よせぬ ぼたむ哉」
短冊 「蕪村の句」 梶原 嫦人

この句は、百里四方雨雲を寄せ付けないという牡丹の富貴、栄華、権勢等
その特色を極度に誇張した積極的な表現を見せている。



2010-4a 008
「赤地金唐花文鉢」 八塔亭 二寧  陶芸 H7.0 W15.0




2010-4b 001
「作品」 羽生 出  油画 44.0×35.0



「牡丹を語る」   随筆家 岡部 伊都子

わたくしは、牡丹木の薪にあこがれ、一束の枯枝をもらっていろりで
焚いてみたことがある。
すこしずつくべているうちに、かんばしい香りがたち、太い枝を焚くと
白光のように明るい光の焔が、めらめらとはしった。
なんとも美しい焔で「古枝にものこっているこうした光のエキスが
あのうるわしい花びらと化す力か」と感銘した。





2010-4a 005
「花の宴」 菅沼 荘二郎   水彩画 19.0×26.5





2010-4a 009


2010-4a 010



晩春から初夏への時の流れに応じて「花の宴」の舞台も回って行く。
桜から藤そして牡丹へと、その主役を交替させながら・・・・
藤の花のお菓子と、ほころびかけた牡丹の蕾に見立てた赤楽の茶碗で
幕間に一服頂くことに致します。

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