こころ花のビタミン絵・美・詞

自然の美しさも、造形作品の美しさも、人間の心を安らかに慰め、洗い清め、励まし力づけてくれる親しさがあります。だからこそ人間は美にあこがれ美を愛するのでしょうか。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

PageTop

豊かな日々

なにげないふだんの生活の中、季節の移り
変わりに自分の気持ちを重ねていくことで、
日々は豊かになります


                          「くらし歳時記」 広田 千悦子





2010-12 041

「蕪村の句」 短冊 梶原  嫦人
    埋火や 春に滅ゆく 夜やいくつ






2010-12 040

金銀彩小倉百人一首水指 (陶芸)  八塔亭 二寧   H18.8×W18.4








2010-12 039

油画 「コンポジジョン」  羽生 出    65.2×100







「春待月」
久保田万太郎は「10月はべったら市、11月は酉の市、12月は年の市」と語っている。
東京びとが心に持っている10月以降に立つ市を、数え上げたものである。
万太郎のような下町の住人には、こういう市の立つ日は心待ちにされたのであろう。
年の市は大方、12月下旬が多いが、17、18日、浅草の観音市が有名である。
浅草寺境内の羽子板市は、江戸の趣を伝える浅草の華やかな風物詩である。
羽子板は昔から「邪気を跳ね返す板」として魔除けのお守りとされ、女の子が幸せに育つ
ようにとの願いを込めて飾ったりする新年の縁起物。
その起源は室町時代にさかのぼるといわれている。浅草寺の羽子板市は江戸時代に始まる。
値段は高価なものからお手頃迄さまざまで、売買が折り合えば、めでたく3本締め。
威勢のいい手締めが寒空に響き渡って年の瀬は暮れていく。

  埋火や 春に減ゆく 夜やいくつ  (与謝蕪村)

埋火とは灰の中にうめた炭のこと。いけ火・いけ炭・うずみとも言う。
うずむの語源は、アツム(聚)の転声、上に土をツム(積)か、ウツメ(空目)の転、
渦からでた詞、ツを略してウムとも言う、と種々の説が古くからある。
民家での炉の火種を絶やさないための埋火は、家を守るよき妻のつとめと言われてきた。
茶人の家では大晦日の夜、除夜釜をする。その夜は炉中の残り火に炭を継ぎ足して灰に
埋め、元朝早く掘り起こして大福茶の下火にする。
ともに今も出雲大社等に残る「火継ぎ」風習の名残りである。(大日本歳時記・冬)


「もう幾つ寝るとお正月」というあのわらべ唄と同じく、今年もあと指で数えられる
ほどの日を残すようになったという思いの籠った季題の句である。







2010-12 049



1年間お付き合いを賜り誠に有り難う御座いました。
どうぞよいお年を・・・・・。




スポンサーサイト

PageTop

相反するもの

美しいものには、相反するものの
さまざまな一致が含まれているのだ


                             シモーヌ・ヴェイユ 「重力と恩寵」





2010-11 012

「蕪村の句」 短冊  梶原 嫦人
   冬ごもり 心の奥の よしの山





2010-11 013

寒山拾得図皿  八塔亭 二寧  φ30×H5.0






2010-11 010

「秋色」 油画  服部 保  72.8×53.0





2010-11 011




「花鳥風月」
春の桜、秋の紅葉をはじめ四季の「花鳥風月」に心を託し、美を感ずる伝統は
平安時代に創り出された。鎌倉時代の禅僧道元は「春は花 夏ほととぎす 
秋は月 冬雪さえて冷しかりけり」と詠んでいる。
まさに日本の四季における景物の代表は「花鳥風月」である。
いま「花鳥風月」という言葉は「雪月花」と共に日本の文化の重要なテーマ
をあらわす言葉として認識されている。
「木の芽もはる」「かすみたなびく」と歌いおこされ、春が立つ。
若葉を摘み、梅の香を賞でては、爛慢と咲き誇る桜の花の散るのを惜しむ。
やがて柳が風になびき、藤や山吹が咲く。
木々の青さが眼に沁み、葵祭りが盛大に行われ、ほととぎすが鳴いて夏の到来
となる。さつきは田植えの時期で鬱陶しい長雨が続く。橘や、かきつばた、卯の花
などが夏の花の代表とされる。
青葉は、紅葉と変じやがて散ってゆく。自然の生命のうつろいに、人の世の無常
を思う季節が秋である。哀愁の情は秋風、繊細な秋草、鹿の鳴く音に感じられ、
夕暮れともなれば一入ます。
初冬の時雨に紅葉が打たれるのを惜しみ、木に積もる雪を花に見立てて春を待ち
わびる。海に鳴く千鳥、冬の山里などが冬の景物として古来歌い詠まれて来た。
このように「花鳥風月」には日本人のまことに優雅な自然観を示すと同時に自然
への行動原理として、「花に戯れ月に舞う」というような時代を超えた永遠性が
ある。




2010-11 014




蕪村には春の名句が多い。この意味で蕪村は「春の詩人」といえるかもしれない。
しかし、蕪村には冬の部にも数多くの佳句がある。
これはいかにも矛盾しているようだが、きびしい冬をじっとかみしめる詩人の胸中
にはそれだけ春へのひたすらな憧憬が秘められている。
「冬ごもり心の奥のよしの山」
吉野山の桜を心に描きながら紅葉茶碗で一服頂く、アンビバレンツ・・・・・。



PageTop

文明と文化

文明とは何か
自然を死なせる力である
文化とは何か
自然を生かす力である


                           宗 左近 (詩人)


2010-10 002

短冊 「蕪村の句」 梶原 嫦人
「山は暮れて野は黄昏の薄哉」





2010-10 003

伊賀釉可和羅皿  渡辺 一紳  H6.5×W26.5





2010-10 001

「トワイライトメモリー」  原 希実子  51.0×41.0




食することで無病息災を願う「春の七草」と違い「秋の七草」は眺めて楽しむ。
「花」といえば春だが「花野」といえば秋だというのが面白い。
花野を散策して短歌や俳句を詠むことが古来より行われて来た。秋の七草
(ハギ、ススキ、クズ、ナデシコ、オミナエシ、フジバカマ、キキョウ)は
千年以上も前に山上憶良が詠んだことに始まり秋を代表する七種の花として
知られるようになった。昨今では撫子や桔梗、女郎花、藤袴等は庭先で美しく
手入れされた花を見かけることはあっても薄や萩、葛の花等は山里まで足を
伸ばさないとお目にかかるのは難しい。


日本の秋の情感をこの上なく育んできた薄。
徳富蘆花の「自然を人生」に収められている一文。
「葉も穂も白く枯れて夕風に乱れ夕日に閃ける固に好きも余は更に其の新に
穂を抽ぐ頃の美しきを愛す」
いささかの感傷に沈みながら薄に託した日本人の詩情が思い描かれている。



2010-10 004



萩と薄こそが日本の秋を告げる。けれど何といっても薄であろう。
「薄」こそ、日本の美「幽玄」「艶」を象徴しているからである。

山は暮れて野は黄昏の薄哉  (与謝蕪村)



PageTop

時の旅人

人間は「時の旅人」である。
ふだん時間は機械的に流れていく。
腕時計を見ながら生活に忙殺されている。
しかしどんな人にも、ふと我に返る瞬間がある。
そのとき人は、時間の底知れぬ深淵にはじめて
気づくのである。

                                   「月は東に」  森本 哲郎




2010-9 002
短冊「蕪村の句」 梶原 嫦人
「秋風に おくれて吹くや 秋の風」




2010-9 004
絵粉引鉢 (陶芸) H 7.0×W 22.5  井上 東也   
                 (秋風になびく葛の葉に見立てて)





2010-9 001

「あけびとブルーサンゴ」 水彩画 36×55   羽生 出




「秋風について」
初秋の風を「秋風」と一般に言い、また特に「秋の初風」を言う場合もあり、
晩秋の身にしむような風を言う場合もある。
中国の陰陽五行説では、秋に白を配し「秋風」の事を素風といった。
五行に配して金風ともいう。

「春風」と「秋風」は万葉時代からの熟語であるが、この語はあまり使われず
「秋の初風」の方が歌人に多く使われた。
さらには「初秋風」とも「秋の初風」とも言わないで、意によって自ら匂わす
ような作歌を一層好んだ。その先例は有名な

    「秋立つる日よめる」  藤原 敏行朝臣
 
     秋来ぬと 目にはさやかに 見えねども 風の音にぞ 驚かれぬる
 
                                 「古今集」巻4、秋上.169

暦通りに規則正しく四季の巡環があるはずもないが、暦で秋になったと知ると
風の音にも、何かそれらしい変化があるような気がする(歌意)


残暑の中に、秋を知らせる風を詠んだ名句に

      あかあかと 日はつれなくも 秋の風  「奥の細道」 松尾芭蕉


芭蕉が金沢に着いた日は旧暦の7月15日(今の暦で8月29日)のことであった。
金沢で10日間を過ごした芭蕉は、小松へと向かう。道中深まり行く秋を句に残し
ている。

すこしの風のそよぎにも、秋らしさを感じて詠もうとする藤原敏行以来の諷詠の伝統
に通ずる句。

     秋風に おくれて吹くや 秋の風    (与謝蕪村)
 


2010-9 003

先ずは一服如何でしょうか。
瞬時もとどまらぬ時が、その刹那、魂をゆり動かす・・・・・。




PageTop

アートのゆくえ

人間から芸術を抜き出せば
動物となり、
芸術から人間を取り去った時に
残るのは機械にすぎない

                              椹木 野衣 (美術批評家)




2010-8 002

短冊 「蕪村の句」  梶原 嫦人
   「川狩りや 帰去来といふ 声す也」





2010-8 003

掻落魚文皿(陶芸)  山上 憲一   H 3.0×W 21.5






2010-8 001

メロン (版画)  井上 公三   11×16





「川狩について」
夏季、さまざまな方法で一度に川魚を大量にとること。
川瀬を他に回し、水量を減じてとるのが瀬干し、川干し、瀬廻しである。
かえぼりは池にそそぐ水を止め、バケツなどで残った水を汲み出してとる。
その他、薬品や電気を用いる場合もあるが、池のかえぼりは別としていまは
厳重に禁じられている。稚魚まで取りつくしてしまうからである。

「川狩や 帰去来といふ 声す也」(与謝蕪村)

「帰去来の辞」
中国、晋代の詩人・陶淵明(365?427)の詩文。
彭沢の県令を最後に宮仕えをやめ、故郷の田園に帰った折の心境を述べたもの。
辞の中で「かえりなんいざ」と訓じている。

蕪村には、川狩りや川浴をやめて「もう帰ろうや」という人々の声を耳にしても、
中国の詩語に聞こえるのであった。

そこに、子供達を待っているのは、色取り取りの水菓子であろうか。




2010-8 004

そして、大人には、大人の愉しみ・・・・




PageTop
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。